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横丁の頭おかしい俺でも諦めてねーぞ。

2013年03月12日 19:46

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、東日本大震災と福島第一原発事故から二年経ったわけですが、去年もそーですがこの時期になると笑われることがあります。能射放に神経質になっとったからです。
笑われたり皮肉を言われる理由は「全然平気じゃない。ストレス溜めてバカみたい」っつーとこでしょーか。
でもなぁ、俺ぁスーパーで無意味に買占めやらせんかったぞ?ラップ・カーメンとかよ。逆に売れ残った鮮魚を「二度と食えなくなるかも知れん!」と買って刺身三昧。
漁村育ちの僕としては、今でもマグロやら鰤、秋刀魚、鱈とかよく食えるわと思っとります。

 事故当時、僕だけじゃなくネット上で「茹で蛙」っつー言葉を使うしとをよく目にしました。
試したこたねーですが、蛙っつーのは熱湯に放り込むと逃げ出そうとすんのに、冷水に放して加熱すると知覚が狂って茹で死ぬそーです。
当時の政府やメディアの方針から「茹で蛙作戦か」と感じたしとが多くて驚いた記憶があります。
で、最近、達観ならぬ諦観な言葉を身近で耳にして「なんだかなぁ」と思いました。
口に出さずとも、やっぱ事故直後に濃厚な粋なもんを食らったことを知っとる首都圏在住者はいるわけで、新機軸を打ち出してきた大気汚染に対して「まあ、今更手遅れなんだから、そんなの気にしてられないわな」と。
ま、日本が浮かれてた時代を体験してきたオッサンなら、それも一つの考え方としてアリだと思います。
しかーし!
金も動産もあろうが、健康あってのもんすからね。
余命宣告されたら保険金を生前に受け取れるっつー生命保険があったと思いますが、それとて「どーなのかねぇ」です。
ポックリくたばるならまだしも、治療不可状態になったらテメーも家族もたまったもんじゃねーですから。

 僕が故郷に引き上げるのは、ビンボー人ですから賭けです。
去年、何度か「なんじゃこりゃ?」っつー一過性の体調不良がありましたが、僕ぁ今んとこ私生活や仕事に支障は出とりません。
が、日本じゃ「こんなんありえねーから」と思っとったことが起こり、それ故、知識もなんもねー状態で生活してきましたから、いくら神経質になっとったからといっても足首捕まれとることに違いはねーです。
来月、親父の三回忌なんですが、親父は予後が悪い癌に勝つことはできても、無知だったがために医師の勧めで術後に投与した抗がん剤による重篤な副作用に長年苦しんで亡くなりました。
で、亡くなる二ヶ月前にカルテに書かれた三つの病気は、抗がん剤による重篤な副作用か放射能被曝じゃねーとまずかからねーもんばっかだったんですね。
ありゃ、しどいもんです。
本人が一番苦しいでしょーが、もし僕が血のつながりだけじゃなく、親父との間に友情が存在すると思ってなかったら近くに寄るのも嫌だったと思います。本音ですが。
映画のゾンビみてーになった父親に取り繕った態度もとらず話かけ続けるっつー。
僕ぁ親父ほど根性ねーですし、逆にまたあんな姿になった家族を見たくねーのです。

 二年前に人生が変わったしとは被災地以外にも仰山いると思いますが、元々「死ぬときは借金してそれを踏み倒してモロッコでのたれ死のう」なんて夢想しとった僕も、結婚して色々考えて行動するよーになりましたかね。
もしかしたら、このまま関東にいても故郷に引き上げても結果は似たよーなもんかもしらんです。
でもね、僕が結婚しちゃうくれー人生は何があるかわからんですから。
僕が金持ちなら、その金は医療費じゃなく娯楽に使いてーと思いますが、ビンボーな代わり、与えられた時間と社会的自由は楽しむために使いてーです。
んなわけで、「人生設計」っつー言葉がアホらしくなってきた昨今ですが、達観したつもりになっても諦観した脳みそにならねーよーにしましょーじゃねーですか。
Q.生きるために必要なものは?

A.テメーで考えられる頭。
-ハンク



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