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クラスター炸裂させて迷路で迷子

2009年09月29日 22:22

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。

あー、糸切れ状態ですが、昔学んだ音楽の知識を復習してですね、糸切れですから、思い出しては忘れ、思い出しては忘れ、なんですが、僕が「この人は正直だ。尊敬できる」と思った講師の言葉を思い出すのです。



「いやあ、極論言わせてもらえれば、音楽って何でもありですから



凄まじい一言だと思います。大衆音楽は時代時代によって聴衆に娯楽を与えるもんですが、それがプロレスだとしたら、単に「音楽」に限定すれば、バーリトゥード(ブラジル発祥のなんでもありの格闘技。現在の総合格闘技プリミティブ版。)かパンクラチオン(こっちはもっとなんでもありの、古代オリンピックの競技。)かっつー。

テメーで稼いだ学費で通ってた手前、初対面でこんなこと言われたら「金返せ!」とキレたと思うんですが、そのしとが、若造の頃は道楽三昧で仕方なく海外の音楽院で勉強→帰国してアイドル全盛時に横取り上等で仕事取りまくり→家族ワンセット養うために、稼ぎまくったはずなのに徹夜三昧で講師もやっている、っつー遍歴があったことと、エイフェックス・ツインとかブレイク・ビーツ、ドラムンベースと呼ばれる手法が持てはやされてた時期に、「ジェイムスみたいなのを認めない人いますけど、僕はアリだと思いますよ。だって、理論立ててああいう曲作れますもん。まあ、趣味ですけど」と、譜面にすると超難解なエレクトロニクス・ミュージックを意識した曲を譜面に起こして僕に渡してくれたからです。

貧乏な出自の僕ぁ「ええなぁ、道楽しとっても親が金あるから音楽院行けたんやろ」と斜に構えてみることもできましたが、そりは、ガキん頃観たオーソン・ウェルズがピカソを題材にした映画の中の、ピカソが語ったという言葉のナレーションと相殺されました。



「芸術とは虚構である。(絵画の価値など、いかに有名な美術館に長く飾ってもらえるかで決まる、という意味も含めて。)しかし、芸術家はそれを理解している。そして、その虚構の中に真実を探し求めているのだ



十代の頃観た映画なんで、正確なナレーションじゃねーですが、大意は合ってると思います。

大衆音楽から現代音楽家、果ては当時ガキどもに持てはやされた反面「こんなん、機材がありゃテキトーに作れるじゃん」っつージャンルのものまで理論立てて「これはこうですね。ここはこう」と説明できる講師にビリビリきたのでした。



 

 僕、昔の悪さがきっかけになり一回アタマぶっ壊れて(「め」は書けるけど「ぬ」は書けないなんて次元じゃない。)、曲作ろうと思うと発狂しそーになった時期がありまして、収束しても以前のよーに鼻歌歌いながら五線譜に点を打つよーなことができなくなりました。

んで、その失ったもんを埋めよーと文章を書くようになったわけですが、思えば作編曲を学んでいた頃の手法(詳しくは八年前に書いたので今更書く気にならない。)が活きてます。金にはなってねーですが。

でも、人間、いついかやるときどいなるか。文章を書く習慣が無かった僕が、書くきっかけに色んなしとと知り合ったり親友になったりできたんで感謝しとります。人生とか運命とか重いよーで薄っぺれー言葉に。

が、性懲りもなく音楽活動を再開しやがりまして、自分がパフォーマー(コズミック・メイトのミックに言わせると「アクター」。)兼ギタリストとして、変態マザーズっつー人を小馬鹿にしたよーな名前のユニットをやりつつ、第3のおじさんことtangtang
PAAAっつーユニットも画策しとります。

んで、結構前にサンプルとして一曲と映像をもらっとりまして、それに僕がピアノの和声を考える予定だったのです。

納期だなんだがねーとオッサンは暢気なわけで、オッサンらしく、一晩中娘っこをねぶりまわすよーに進めていこーと思ってます。

tangtangからのリクエストは「分かり易いをモットーに、ジャジーなのとアヴァンギャルドなのをそれぞれ」でございまして、アヴァンギャルドな面はクラスターとメイズで作曲してみよーかと思ってます。



 クラスターは(おそらく)音楽理論として一般化されてます。

ある音程よりも低い音域で音を固め打ちすることです。よく、ライブでキーボード奏者が曲の最後に、青春の握り拳で低音域の鍵盤をガンガン殴ってますが、おれがクラスターっつー理論です。

いくつか禁忌はありますが、多分、絶対音感じゃねーかぎり、その禁忌はわからねーはずです。僕、相対音感でして「こんな低い音域で一瞬なんて間違いに気付くかよ」と思ってますし。

メイズっつーのは一般的な名称がねーんで、僕が勝手に命名した名称です。転調を市販の理論書じゃ説明されてねーよーな法則で行うもんです。一旦始まると、迷路を歩いてるみてーな気分になるんでそう呼んでます。

たとえばですね、アルノルト・シェーンベルクが発案したと言われる十二音音楽(どの音も重複せず、一定の法則でメロディや曲を組み立てる技法。)を「今時やる奴はいないね」なんてエリートな意見があったとしても、これを使うと面白いじゃんっつーもんです。

まともにやれば誰しも感嘆するのに、「キチガイ」「変態」呼ばわりされてるサックス奏者兼現代音楽家のジョン・ゾーンが編み出した「コブラ」(カード・ゲームのようにプレイヤーが演奏するルールの即興技法。俺は理解不能。)のシンプルなもんだと勝手に思っとります。

んで、そーいったもんは音圧を抑えて、分かり易いもんを前面に出すっつー。

だって、tangtangから送られてきたサンプルが不穏なんすもん。流石、色んなまんちょこだけじゃなく、シンセサイザーや機材をいじってきただけあるなっつー。

今度はね、文章書いて八年っつー「僕の海馬をミミズが食い散らかして、記憶がレールに貼り付いた脳漿みたいなんです」とか書いてきたもんを音楽に利用しようと思ってるんです。

おじさんはなぁ、殆ど怖いもんなんかねーからな。んなもんは、とうの昔に諦めたり後悔してる毎日だからな。ウハハ!



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