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Does Humor Belong In Music?

2011年02月27日 23:42

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、フランク・ザッパっつーしとは何気に名言が多いです。
「自由になりたきゃ、まずパンツを脱げ」っつーダイレクトに捉えるとバカですが、パンツを脱ぐっつー行為がもたらすもんを考えさせられます。
別にパンツじゃなくてもいいんです。ただ、「パンツ」を「脱ぐ」っつーのがインパクトあります。
かと思えば「共産主義国家のことごとくが失敗したのは所有欲を奪ったからだ。現在(二十世紀後半。)民主主義が最良とされているが、実は実現できていない。理屈に近い社会なだけだ」っつー鋭い発言もあります。
じゃあ、どーしろっつーと、「世の中を変えたきゃ選挙に行け」
こりも鋭いです。
政経のお話は苦手なんで、ここらで切り上げますが。

 今日のお題である「音楽にユーモアは必要か?」。
同タイトルで消去したアカウントで記事を書いたことがありますが、内容は別です。
1984年のライブを収めたDVD、音源が異なるCDにつけられたタイトルでもあります。
宿題を出されたので一考する次第です。(サイト開設時の記事用に、そのうち体系づけたものを書きたいが。)
ひじょーに難しいテーマです。

 まず、ハプニングの裏に神算有りはオッケーです。下手くそだけどテキトーにやってみましたはダミです。
同じタイミングで再現出来なくても、聴いてる側を楽しませる技量があればええんですが、偶然の産物を繰り返して全く再現できないんじゃ意味ねーです。
んなわけで、まだ頭ん中は整理できてねーですが、いくつか音楽に潜むユーモアの系譜をば。


【温故知新型】
 コミックソングっつーくくりがありますが、実はこり、根底にトラッドなもんがあります。
つまり、音楽に造詣が深く、巧く(テクニックのことではない。)なけりゃ作れねーです。
んで、最近、しょっちゅー触れて申し訳ねーんですが、ロリー・ギャラガー。
別に彼に執着しなくても、古典的なブルースって、日本で言えば童謡や民謡に似てるよな、と。
よく歌詞を味わうと怖かったり笑えたりする市井の歌と、欧米コンプレックスから「ブルースってカッケー」と思うしとは多いものの共通点があります。
ケッコー笑える歌詞が多いんですよね。

 ロリー・ギャラガーの曲でGoin' To My Hometownっつー曲があります。
この曲は彼と弟、そして母親を捨てて故郷に帰った父親について歌ったっつー説があります。てか、間違いねーと思います。
1972年発表の『ライブ・イン・ヨーロッパ』にて初出で、どーもライブ限定の曲だったみてーです。

 何がユニークかって、この曲になるとロリー・ギャラガーはギターからマンドリンに持ち替えるんですよ。
僕ぁマンドリンを所有したこたぁねーですが、他の弦楽器に比べると音の伸びが短ぇです。
元はヨーロッパからアメリカへの移民が伝え、ブルースやブルー・グラスの演奏における脇役的な存在です。
ギターがいる以上、常にストロークやトリルしなきゃならんマンドリンは脇役なわけです。
が、彼はこりを激しく弾きまくる。しかも、ギターと同じよーにフレーズも弾くっつー抜群のリズム感。
んで、演奏にドラムやらが参加しだすとトラッドでアーシーなノリになるんですが、歌い出しが面白い。

「ママが台所でパイを焼いてる!パパは裏庭で職に就けと言ってる!」


と、ロックンロールのノリでがなりたててからマンドリンを掻き鳴らします。
んで、ママとパパがいるとこはどこ?っつーと、当たり前ですが実家なわけです。
ロックンロールな出だしなら、フツーはギターなのにマンドリンってとこがおもれーです。

 歌の主人公は、自動車会社フォードに勤務してましたが、ヘマしてクビちょんぱされたよーです。(ヘンリー・フォードの父親はアイルランドのロリー・ギャラガーが少年時代を過ごしたコーク出身らしく、閉鎖したもののフォード社の工場があった。)
んで、落ち込んだ「俺」は故郷に帰ることにします。
しかし、これがすげー薄情な言い訳や主張ばかり。
「君を本当に愛しているんだ」と言いつつ「わかってると思うが、切符は一枚。二枚無いんだ」と。
更に「一年したら戻ってくるよ。多分...もしかすると戻ってこないかもと。
サイテーですね。

 ロリー・ギャラガーは父親がコークから去ったことにより、女手一つで二人の子供を育てられるわけもなく、少年時代まで兄弟はカトリックの施設で教育を受けることになりました。
この時期に当時禁じられていたロックンロールを研究し、16歳でプロ活動する基盤を築いたよーです。
フツーなら、「父ちゃん、なんで捨てたんだ!」と怒ったり、「どうしていなくなったの?」とバラードになるのに、テメーが父親になりきってがなって歌って弾いてっつー。
笑っちゃいけねーですが、歌詞や曲調から自虐じゃなく民間伝承的なもんに思えます。
こりも一つのユーモアだな、と。
あと、よくエレクトリック・ピアノの鍵盤を壊すっつーこって、グランドorアップライトのピアノの使用及び調律を出演条件に入れてたそーですが、ルー・マーティンのピアノがヤバイっつー。
おそらく、ホンキー・トンク・ピアノのニュアンスを出したくてこーしいてると思うんですが、そら鍵盤壊れるよっつー。
ここらへんも笑いに繋がります。
んなわけで、観て聴いてみましょー。

<Rory Gallagher - Goin' To My Home Town >



【タブーの裏に高度な演奏と作曲】
 禁じられたことを口にするのは簡単です。
「王様は裸だ!」とか「ロバの耳ぃ!」とか色々。
が、タブー視されとることをテーマにするとリスクがでけぇです。
そーゆーのに挑戦して叩かれるしとらは「新鋭アート集団」とかえばりますが。
マイノリティを単純に差別したり、所謂「いじって」笑わせるっつー行為をリスキーながら簡単に笑って貰えると思っとるしとが多いと思います。
フランク・ザッパは色んな分野で恨みをかっとります。
カトリックの女性や小金持ちな地域の娘のバカなとこをテーマにしたり、フランスで嫌な思いをしたからといってフランス人に対して悪態つく曲を作ったりします。
そりだけならたんなる「毒舌が売りなミュージシャン」ですが、業界大手であるワーナー・ブラザーズを映画やらでことある毎に批判しとります。
その代わり、喧嘩売るよーな曲はひじょーに練られてます。
あと、冒頭で触れました政治的な発言についても、「理想だけじゃ駄目なんだよ」とペレストロイカ以降、自立できねー東欧諸国のコンサルティングを行う法人も立ち上げた上でです。

 曲自体は1982年発表ですが、下記に紹介する1984年のライブの頃、HIVウィルスが世界的に話題になり、感染するのはゲイ・セクシャルだっつー偏見が広まった頃です。(実際、感染確立は高い。)
んで、高確率で「センシティヴな時期に無神経」とか「差別すんな!」と非難されるのに演奏して映像作品として発表しちゃうっつー。
当時、ゲイ・セクシャル以外で「差別はよくない!」とか言ってたしとは、実のとこ本音じゃなかったと思われ、そこをついて「彼はとってもゲイ!とってもとってもゲイ!」と演奏した作品を今でも再発しとるのはすげーな、と。
因みに、このライブはVHSとLDで国内盤も出たんですが、上述のよーなことを配慮してか日本語表記は「彼はとってもガイ」です。なんでも、歌詞がテロップとして表示されてたそーですが、題名だけは「ゲイ」じゃなく「ガイ」と。
ただ、曲はポップで親しみやすいです。当時ゲイ=○○と思われとったグループやサウンドを模倣した優れた曲だと思います。
「バカにするならバカにする輩より良い曲」っつーとこに、上述のよーに単なる弱い者虐めじゃねーと思えます。
(下はスタジオ版。映像作品『Does Humor Belong In Music?』収録のライブは、この曲のみ何故かレコード会社がガチガチに検閲している模様。)

<Frank Zappa - 彼はとってもゲイ>



【ミュージカル的に感動ではなく笑いを誘う】

 以前、「音楽におけるスカム・フィクション」として、デヴィン・タウンゼンドがメロコア・パンクのブームに「こんなの俺が聴いて育ったパンクじゃねえ!なんならいかに簡単かやってやるよ」と二週間で完成させた『史上最高の偽物パンク』を紹介したことがあります。

 今更聴いても「ああ、こんなブームあったね」と回顧されるか「パンキッシュなハードロック」と解釈されるかですが、シナリオはミュージカル的で優れとると思います。

 元々はデスメタル・バンド、クリプティック・コーナーがギターの弦が切れるっつーアクシデントをきっかけにパンキー・ブリュースターっつー柔なパンク・バンドに生まれ変わり成功するお話です。
が、グラミー賞ならぬグラニー賞にノミネートされ、見事に受賞した彼らは記念にバラードを歌います。
ま、「鏡に写った俺、カッケー」みてーなどこまでもバカな内容ですが。
んで、曲が終わり拍手が起こると、今までの鬱憤が爆発してデスメタルを演奏してお終いっつー。

 この手の手法っつーのは映画『ロッキー・ホラー・ショウ』や『トミー』みてーに映像も伴わなきゃダミなイメージがありますが、音だけで(俺のように英語が駄目だと翻訳付きの国内盤必須。)楽しませるのは滅多にできねーと思うんですよね。

<Punky Bruster - Picture Of Myself>


 まだまだ書きたりねーですが、記事のタイトルについて考えると色々あったり、思い出すわけです。
ちょっと私信的な流れになりますが、「今ならどうか?」ですが、やはり泣かせるより笑わせる方が遙かに困難です。
ただ、過去に親交がありつつ「応援したいけどさ、つまんねーよオマエら」なTVやラジオに出とる芸人もおり、お互い落ち着きましたら、参加者を集めて会議を開きたいところです。
その前に檄文を飛ばさなきゃなりませんが。

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酔いつぶれて音とたわむれる

2011年02月03日 23:40

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、エレクチオン・チンポの日(恵方巻きを食う日。)みてーですが、ひっぱって前回のミックと共通の友人の結婚式ネタです。
お互いの職業及び、趣味嗜好から中々会う機会がねーんで、共通の結婚式を利用っつーのもどーかと思いましたが、先日、ミックから「この曲をやりたい」っつーメールが届きました。
その曲は僕も好きな曲でした。
でね、以前からの持論なんですが、他人様の曲で、それがひじょーにええなら、いくら巧くても退屈なテメーの曲聴かせるよりそっちのがええと思ってます。
なので、久しぶりに会ったついでに、「こん中で歌いたいのがあったら言ってくれ。俺も好きな曲だからギターもバックのプログラミングも出来る」っつーCDを焼いて渡すつもりです。

 で、1970年代から今世紀まで股にかけてますんで、録音状態が良好でも、音圧の差があります。
傑作でも、発表当初からリマスター等がなされてねーのもありますから。
んで、DAWソフト(音楽製作総合ソフト。)でマスタリングするわけです。
元がCDですから、マスタリングじゃねーですが、フリーソフトで単に音圧上げるだけだとたまにノイズが入ることもあります。
僕、高級なミックスダウンやらのプラグイン持ってねーですが、やってて楽しいです。
オリジナルのCDを聴くと聞こえねーですが、いろいろいぢると、曲の最初の吐息や最後にカットし忘れたか「フゥ~、イエッ!ハァ~...」なんて声にも気づきます。
んで、そーいったとこの音圧上げたり、ミックは歌い手ですから、ヴォーカル・パートを強調した音にしてみたり。
やっぱ、僕ぁ努力しても楽器は上達しねーですが、こーいった裏方に回って「これでどうだ?」っつーのが得意っつーか好きみてーです。
0203.jpg
どっちのジャケットで渡すか考えてますが、どっちも三分くれーで作ったもんなんで、どーでもええっつー。

 金は持ってても芸がねーしとがいるよーに、金なねーながら他のしとが持ってねーもんを持ってる手前、色々やりてーっつー気持ちは変わらねーっつーか、おっさんになるにつれ増してきますね。
まあ、「とっても芸人」ならともかく「ちょびっと変な人」なんで、えばれんですが。
作・編曲のうち、映画音楽と民族音楽を専攻したんで、マイク・パットンのファントマスよろしく映画音楽のロック・アレンジもやってみてーです。
『ゴッド・ファーザー』『ローズマリーの赤ちゃん』『オーメン』なんかはやられちゃいましたが(しかも、どれもイカレた意味で秀逸。)、映画は長すぎて眠たくなる『十戒』や『エクソダス』なんか独りのときにやってみてーですね。『633爆撃隊』とかもメタル・アレンジすると面白そーですね。
DAWソフトを立ち上げたついでにRydeenの「ツッタラツッタラ、ジャンジャンジャーン!」をキーボードで弾いてみたら楽しかったんで、リード・シンセをギターで弾くのも楽しそうです。
ヘッドフォンで音をいじると酔いの回りが速い。
酔った。飯を食おう。
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FiRESiGNのアルバム紹介前に

2011年01月30日 14:55

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、殆どが平日休みなんで、日曜の静かな朝に目覚めるのはええですな。
っつっても、夜仕事で明け方寝たら癖で朝目覚めただけですが。
今回は以前からちょくちょく触れとりますヴォーカリスト山田雅樹が現在活動しとるFiRESiGNの1stアルバムも紹介しよーと思ってたんですが、出勤せねばならんので、また今度。
てか、リリースから三年経っとるのに良作なのか駄作なのか、ネット上で採り上げとるしとが皆無なんで、作品の性質がわかりますな。(個人的に駄作とは思っていないが、聴かなくてもいいと思わせる理由がある。)

 えー、アクセス解析でポータルサイトからの来訪キーワードをチェックするのが管理人としての楽しみの一つなんですが、そりって来訪者が「これを知りたい」ってことですから、該当記事が無くても僕が知ってる情報なら「いずれ書こう」なんて思います。
以前書きましたが、数年前まであったディープな情報を紹介していたサイトが結構消滅しましたから。
で、最近多かったのが、ホークウィンドでダンサーやってたステイシア。
こりは記事書きました。
流石に絵のこたぁわからんので、彼女が墨汁やらに魅せられた理由とかまではわからんです。(サイトに掲載の作品を見ると、広島と長崎をテーマにした作品はBokujyuを使っているっぽい。)
いっちゃん多いのが山田雅樹です。

 フラットバッカーで超人的な声と、機知に富んだ歌詞が「日本語=格好悪い。リズムの乗らない」っつーイメージを覆したフロントマンとして活躍。
んで、1984年のデモ・テープ『皆殺し』、1985年にメジャー・デビュー作『戦争』、1986年に『餌』を発表して渡米。
既に同名のバンドが存在していたため、「北海道出身だから蝦夷。EZO」っつーあまりにも短絡的な改名をし、ゲフィン・レコードから1987年に『EZO』、1989年に『FIRE FIRE』を発表後解散。
ここらはWikipediaのが時系列に沿って記されとるんでそっちのが参考になるかと思います。
因みに当時ゲフィン・レコードから売り出されるっつーのは半分成功が約束されてたよーなもんでした。
エアロスミスやガンズ・アンド・ローゼス、ホワイトスネイクらが契約してて巧妙な売り出し方なんかでヒット飛ばしてましたから。
で、まだブレイクする前のガンズ・アンド・ローゼスとツアーを行いました。
でも売れなかったんだな。んー。

 バンド解散後、ベースの高橋太郎はフラットバッカー時代から日本におけるディストリビューターだったビクターに入社し、若手発掘担当になりました。意外や(?)くるりの担当A&Rっつー。
ドラムの本間大嗣は、一足早く加入していた山田雅樹に続き、故・樋口宗孝脱退後にラウドネスに加入。ラウドネスが今世紀にオリジナル編成に戻る際、山田雅樹と共に脱退。現在はアンセムに在籍。
ギターの飯田昌洋はEZO時代にアメリカ永住権の抽選に当選し、NYで過ごした後、西海岸へ転居。いつ学んだか不明ですが、現在寿司屋を経営しとるそーです。
因みに本間大嗣も料理の腕はかなりのもんらしーです。
で、ヴォーカルの山田雅樹はラウドネス脱退後、住まいだけじゃなく活動の場もアメリカへ。
そこで広島出身のAYAと知り合い、彼女が1998年から始めたFiRESiGNにベースとして加入。(ここがファンでも「聴かなくてもいいや」と思う理由。)

 FiRESiGNの紹介で触れるつもりですが、海外のメタル・サイト(?)のインタビューでの発言が「えーっ!?」っつー。
まあ、若作りでも46歳になりゃ丸くもなるかっつーかですね、リップ・サービスも苦じゃねーわな、と思いました。

 そーいや、フラットバッカーがデビューする際、ヴォーカル・トラックのレコーディングにストップがかかったっつー逸話があります。
なんでも、デモ『皆殺し』から五曲リレコーディングするにあたり、歌詞の内容がヤバイと。
いや、もっとヤバイ歌詞のバンドはいたでしょーし、今でもそーでしょー。
ただ、メタル・ブーム期における大型新人としては際どすぎると。
結局、何曲かが手直しされ、Israelは「追放」と改題されただけじゃなく、歌詞が大幅に変えられました。
ええ、タイトルから想像できますが、「ユダヤ」やら「アラブ」やら、んでもって「毒殺させろ」「内蔵をえぐり出せ」っつー表現が出てくるんで。

 Masakiの歌に注目がいきがちですが、ギターのShoyoの貢献度もデカイと思います。
デモ・テープでかなり弾いてます。兄貴もプロ・ギタリストなんで、早熟だったんだと思います。
競争相手がいて、更にレコードのシェアとかもできるわけですから、当時にしては色んなバンド聴いてたんじゃねーでしょーか?
特に、海外進出後も彼らのテーマ・メロディになるDeathwishのオリエンタルなリフは秀逸です。
1990年代に重苦しい音のバンドが続々出てきた際、Deathwishのリフから別の曲にしたEZO時代のHouse Of 1,000 Pleasuresに影響を受けたとか、あの時期にクールだったと語るミュージシャンが結構いた記憶があります。
ともあれ、問題のIsraelを聴いてみましょう。(手持ちの音源が、高音シャカシャカ五月蠅いので音をいじった。)

<Flatbacker (Fratvacker) - Israel>

伝説のストリッパー、ステイシアが画家になっていた

2011年01月14日 13:51

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、ハマると抜け出せねーバンドの一つ、ホークウィンド。
僕がドドドド田舎で中高生の頃、初期作品は国内未CD化で、いかがわしいエピソードを紹介した記事でしか知ることができませんでした。
そのエピソードは、初期にはストリッパーがメンバーで踊り狂い、LSDガンギマリな客とサイケな音と照明、ストーンヘンジでライブを行った等々、アングラなイメージを抱かざるを得ないもんばっかでした。
で、上京してですね、デビュー前の音源も含む二枚組のベストを買いました。
Hawkwind - Anthology 1967-1982
1982年までのもんですが、英語ながら各曲の発表フォーマットやらメンバー、作品のエピソードが記されたブックレット付きで、仰山ある得体の知れないベスト盤より良心的です。
ただ、購入した翌年から作品毎にデジタルリマスター化が始まりましたが。

 日本に大々的なサイケデリック・ムーヴメントが上陸しなかったため、プログレッシヴ・ロックに分類されとりますが、あながち間違いじゃねーと思います。
1960年代末期に終焉を迎えたサウンドやヌーディズムとの融合を1970年から進化させようっつー印象受けますから。(1960年代の音はフォーク・ロック。)
あと、日本でも作品が翻訳されとるSF作家マイケル・ムアコックがたまにヴォーカルつとめたり、ガチでうてゅうと交信なんて思ってなくってですね、バンドのイメージ戦略だったんじゃねーかと。(本国のBBCでドキュメンタリー番組が作られるくらいでもあるし。)
実際、ヒット曲Silver Machineはポップな曲で何回も聴きたくなるんですが、過剰に施されたサイケデリックなエフェクトで、素面でも心がへろへろになります。
よく、1973年発表の『宇宙の祭典』がライブ作品ながら最高傑作とされとります。(昨年、LPと同じ折りたたみジャケット、ポスター等の特典を施した紙ジャケ版がリリースされた。小さいため、収納が面倒。作りは丁寧なのでコレクターズ・アイテム。)
が、お手軽に彼らの魅力を知るなら1999年発表の『Epoche Eclipse』なるベスト盤がええと思います。
Epocheclipse.jpg
代表曲の殆どがリマスターされて、シングル版のテイクで収録されとる曲もあります。
しかも、中古相場が600円程度です。

 さて、代表的な音源は手軽に入手できるよーになりました。
が、僕がガキの頃から気になってたストリッパーが参加しとる映像はないんかい!と。
stacia.jpg
ネット上で、確かにこのステイシアはラス・メイヤーが好きそーな乳揺らして踊っとる写真が見られます。もうね、単なるストリッパーじゃねんですよ、僕ん中じゃ伝説のストリッパーですから。
写真は違うんです!ワシは動いとるとこが観たいんじゃあああぁぁぁああ!!!!
...ハァ、ハァ...。(一体、コイツを突き動かしているものはなんだ?)
結果、見つかりました。
でもですね、ライブ作品としてのシューティングは行われなかったよーでして、ヒットしたSilver MachineのPVと、続けてヒット確実ながら歌詞に問題有りと回収されたUrban Guerrilla(当時、イギリスでテロがあったらしく、「爆弾を家出作っている」といった歌詞がまずかった模様。)のPVでしか観られねーよーです。

 Silver Machineは後にモーターヘッドを結成するレミー・キルミスターがヴォーカルをつとめてますが、ステイシーは虚ろな表情で動きも少なく肩すかしでした。
Urban Guerrillaは踊りというか暗黒舞踏っぺー動きで、流石にTV放送が前提でしたから乳しか出しとりませんが、存在感抜群っつー。

<Hawkwind - Silver Machine>


Hawkwind - Silver Machine

<Hawkwind - Urban Guerilla >


 この体制は1975年頃まで続きましたが、大幅なメンバーの入れ替えもありステイシアも去ったよーです。
で、その後どーなったのか?
あまり追求しとるファンはいねーです。
なんだか、玉袋にあった男の優しさが空になったみてーな薄情ぶりです。(いや、それほどステイシアを重要視してなかったからだと思うぞ。)
ひとより男の優しさが多く詰まっとる僕ぁ調べました。

画家になってました。(HP)


いや、ゲージツのこたぁよくわからんですが、ホークウィンドに在籍していたことをネタにしたよーなもんじゃなくて、ステイシア・ブレイクと名乗り、自身のサイトではあくまで画家であることを前面に出しておりまして、一瞬勘違いかと思いました。(因みに海外のサイトのいくつかで間違いないことがわかる。)
で、本格的な活動は1990年代からでして、ほぼ毎年個展を行い、昨年は日本は松江で行われた小泉八雲来日120年展に出展しとりました。
osono.jpg
題名はOsono's Secretで、恐らく小泉八雲の怪談『葬られし秘密』に登場するお園の心情を描いたんだと思います。
他の作家さんが八雲本人にスポットを当てがちなのに、日本人でもピンとこないお園の貞操観念にスポットを当てるのは感性豊かだな、と。
あ、貞操観念っつっても、結婚前に貰った恋文を遺したまま急死したため、そんなものを遺しては亭主や子供に申し訳ないと毎晩幽霊になって出てくるんですが、ある和尚がそれを見つけ焼き捨ててから出てこなくなったっつーお話ですね。
因みに、創作の約半分は広島、長崎をテーマにしたもんみてーです。
興味のある方は上記リンクからどーぞ。
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淫靡の国のアリス

2010年12月09日 21:28

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、先日、アリス・クーパーに触れた記事書いた際、所有しとるCD聴き直したり、DVD観てちょいとブーム再燃です。
いやー、1986年の復活ツアーを収めた『ナイトメア・リターンズ』か、1973年は脂の乗りきった時期である、純粋に映画として公開された『グッド・トゥ・シー・ユー・アゲイン』の紹介記事にしよーかと思いましたが、一時期だけフィーチャーして「こんなアーティストです」っつーのは勿体ねーな、と。
んなわけで、主立った時代の映像を観てみましょー。

 まず最初は、ポップ路線のイメージだった高校の頃に聴かされて気に入った曲。

<俺の回転花火>


え、えー、原題はUnder My Wheelsです。
てか、アリス・クーパーもアナログ盤発売時の邦題がイカレたの多いです。
元祖「なんだ、この邦題は!?」なフランク・ザッパんとこから表舞台に出たからでしょーか?
しかし、なんだよ、回転花火ってっつー。まあ、「Wheel=回る花火」は超訳じゃねーですけど。
この曲、1971年に発表された『キラー』の一曲目でして、個人的にデイヴィッド・ボウイの『ダイヤモンドの犬』と同じくれー「滑稽だけど深いな」と思ってるアルバムです。
で、この曲は聴いてのとーりキャッチーなんでカヴァーしとるバンドが結構いたはずです。
しかし、こんな中性的なのに卑猥な仕草と表情で歌ってたとは想像もしませんでしたわ。


 次は恐らく物議を醸し出したと思われる曲。

<Dead Babies>



脳天気に始まる『キラー』において、意地悪っぽく鬱にさせる曲です。
歌詞の中のDV男をアリス・クーパーが演じ、マネキンの女と赤ん坊の人形をめためたにするパフォーマンスが印象的です。


 続きまして、歌詞もパフォーマンスも「ああ、仲間がいた」とホっとする曲。

<No More, Mr. Nice Guy>



既にこの頃からギロチンにかけられたり、蛇使った演出をしとりますが、このお下品でバカなノリは、師匠フランク・ザッパに通じるもんがあります。
ただ、決定的に違うのは、ザッパはアホなパフォーマンスするときでも、元々の眼力もあるんでしょーが周囲を常に把握しとる表情である点です。


 曲目見ると「帰ってきた悪夢って、曲目が新曲皆無やん!」っつー『ナイトメア・リターンズ』ですが、軽快なロック曲もメタル・アレンジで聴けるのは、こんときのツアーだけです。
んで、メタルがブームだった時期だけあり、ステージの仕掛けやスランプから立ち直った勢いなんかで「ここに注目」っつーもんじゃねーです。
んなわけで、当時の演出をまとめたPV。

<Teenage Frankenstein >




 先日の記事でも触れましたが、僕が初めてアリス・クーパーの作品に触れたのは『トラッシュ』です。
んで、まるでボン・ジョヴィな一曲目のPoisonやHouse Of Fireなんかもええんですが、ラストのI'm Your Gunが好きなんです。
なんっつーんですかね、彼が影響を与えたミュージシャンが当時(1988年)やってたサウンドをオリジネーターがやってみました的なとこと、それなのに違和感無しっつーとこが気に入ってる理由かと。
フツー、影響与えた後続の真似すると痛々しいですから。

<I'm Your Gun>



ノーメイクだと、この頃のアリス・クーパーは、ダイエットして整形したデイヴィッド・カヴァーデイルを想起させる女たらしな顔してますね。そら、娘も美人だわなっつー。


 今世紀に入ってから、三年に一度は新作をリリースしとりまして、還暦迎えてもテンション下がらねーミュージシャンはロックですと、アリス・クーパー、イギー・ポップ、ルー・リード、レミー・キルミスターくれーじゃねーでしょーか?
去年のツアーを収録したDVDが最近リリースされたよーですが未見です。
ただ、2005年のDVD『ライブ・アット・モントルー』を見ると、約二時間にわたるステージながら、1970年代に自身が演じていた道化役は娘のキャリコ・クーパーが大半を担ってます。
とはいえ、過去の代表曲を継ぎ接ぎして新たなドラマを見せて、最後のSchool's Outでベル鳴らして「はい、おしまい!!」ときてアンコール・タイムも手を抜かねーっつー。
初見、ドレス・シャツからTシャツに着替えてPoisonが始まった瞬間、「ああ、これで最後か」と思ったら、その次に娘が現れて『閉ざされた世界』で珍しくノリのいい曲「ビバリーヒルズに生まれていたら」を演奏します。
この曲、精神病院に入院していた山の手生まれの女性患者をモデルにしたのか、そういった女性を手玉にしたいと妄想する患者のことか歌詞の真意は不明です。
2005年っつーと、ちょーど「セレブ」っつー言葉が日本でよく用いられるよーになり、また、そのセレブが奇行を起こすと即ニュースになるっつー風潮がありました。
んなわけで、娘がパンツ丸見えなミニ・スカート履いて高級ブランドのバッグとテディ・ベアを持ち、記者とパパラッチが取材し優雅に対応→狂気走った目で奇行に出てパパラッチ再登場、パンツ丸見えで担がれて退場っつー演出がなされてます。

 おそらく、パリス・ヒルトンあたりを皮肉った演出なんでしょーが、続いてアンコール・タイム最後はUnder My Wheelsです。

<俺の回転花火(2005年)>


注目してーのは、その佇まいと挙動です。
メンバー紹介の後、Eighteenのパフォーマンスでお馴染みの松葉杖を持って娘が現れ、暢気に寄りかかってると蹴りを入れて転ばせるっつー。
んで、「最愛の娘、キャリコに拍手を!」と客に求めつつ娘には「いい仕事だ」と。親バカですな。
ほいで、最後に「おい、俺の名前は?」と。
客は「アリス!」「アリス・クーパー!」と口々に答えます。

「もう一回だ」

「アリス・クーパー!」

「ありがとう!お前ら最高だ!ありがとう!」


最初にリンクした映像とまるで別人です。
しかも、観客を「最高だ」という表現に、当時の最新作『ダーティ・ダイヤモンド』にひっかけて謝辞を述べてます。
なんつーか、演出は妥協せずとも、やっぱ歳とると丸くなっちゃうんすかね?

 改めて時代を追って見返すと、すげーな、と。
アリス・クーパーが影響を与えたミュージシャンらは既に天井打ったり消えたりしてんのに、当人は現役っすから。
「爺、すげーな!」っつー有り難がりはしたくねーですが、還暦の自分をにわかに想像し出すよーになった僕ぁ素直に「たまげたなぁ」と思うのです。
んなわけで、明日、日中用事を足したら夜、レミー・キルミスターのドキュメンタリー映画『極悪レミー』を観に行こうか思案中です。
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