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「一番好きな映画」と答えるとどん引きされるホーリーマウンテン

2010年07月12日 23:06

 こんつは、ハンキー・ドリー・ハンクです。
あー、「目を閉じればそこは向こう側だ」っつールイ・フェルディナン・セリーヌの一言に強烈な影響を受けたと思い返しちゃったりします。
また、ジョルジュ・バタイユの、文学作品の名作『嵐が丘』について「のどかな農村で育ち、性交渉や恋愛も知らなかったと思われる作者が、かような愛憎や悲劇に満ちた作品を遺した想像力は尋常ではない」といったユニークな評論(『文学と悪』に収録。)に「脳みそは無限の可能性に満ちている」と呻りました。
んでもって、実のところ、二十代に進んで映画を観なくなったのは、ある一本の作品がきっかけじゃねーかと昔を振り返っちまいました。

 アレハンドロ・ホドロフスキーの『ホーリー・マウンテン』は20歳の僕には強烈でした。
彼の作品はグロテスクなシーンやフリークスをキャスティングしてるとこが注目されがちですが、決して悪趣味な映画じゃねーです。
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このホドロフスキーなるしと、かなりのインテリジェンスを持ち合わせてます。
が、気取って高尚そーなもんにせず、スカムでトラッシュな作品にしてます。
なので、解説無しに観ると、三回は観ないと大まかなシンボリックなもんを把握できません。てか、一つのシーンにいくつも意味ありげなもんを突っ込んでるんで、一回観て「ラストにびっくりだね。二度と観ることはないな」と思わせねーです。
特に、前半30分に込められたもんはハンパなく、合わないしとならそこで精神的ダメージを被ると思います。

 僕、VHSでも所有しとりまして、その後DVDにもなりましたが、画質の向上はねーです。
ただ、ホドロフスキーのインタビューが収録されとりまして、これが結構「ああ、そうだったのね」な発言満載です。出来ればノーカットで収録して欲しかったと思いますが、喋りだしたら止まらないしとらしーんで、『イレイザーヘッド』のデイヴィッド・リンチ監督本人による解説より長くなりそーではありますが。

 インタビューで明らかになった裏話は殆ど「あのさ、その才能と先見さをもっと上手く使おうと思わないか?」っつーもんです。
まず、出演者は全員素人です。エキストラは、ホモとレズのスタッフに彼彼女の愛人及び、街中で見かけた同性愛者をスカウトして出演させてます。
んで、監督本人は、主要人物にカリスマ性を求めましたが、それがない。当たり前ですね。
とにかく役者にするためにホドロフスキーは出演者を自宅に二ヶ月泊めて配役通りの性格や振る舞いをするよーにテッテ的なことをしたそーです。
どっかの新興宗教の洗脳みてーでアブナイですな。
が、そこで用いた手法はエニアグラムに基づいたもんだったそーです。
てか気になるのは二ヶ月も共同生活してて、センズリやまんズリをどーしてたか気になるとこです。(一日の睡眠時間は四時間ということだけは判明している。)
「節制した食生活の中で重要なタンパク質になるので、センズリは一週間に一回まで。オカズは妄想のみ。トイレでするときは、飛びすぎてドアにぶっかけたらちゃんと拭くこと」とか厳しい決まりが定められていたかもしれません。(俺には厳しいルールだ。)
お話戻して、一般的には占いで有名ですが、ゲオルギィ・グルジェフが発案したと言われるエニアグラムは昨今じゃ人材育成に応用しとる企業があるそーです。
グルジェフっつーと芸術家の面より神秘家な面のが有名ですが、エニアグラムを用いて「君はこう、君はこう」と素人を二ヶ月で役者に仕上げたのは興味深いです。
所謂、オカルトな思想にばかりが注目が集まってたグルジェフのトレーニングを1970年代前半に人材育成おために使ったっつー。
実際、物語中、聖なる山にいる不老不死の賢者は9人。彼らが囲む円卓にはエニアグラムが描かれています。
ホドロフスキー曰く「私はストーリーといったものを考えない。映画とは人物の連続であらなければならない。根底には数学がある。エニアグラムを用いた」。
この手法は、惑星を人間に置き換えて、人間のネガティブな面を多面的に描く意図があってのことだそーです。

 僕ぁ、マリリン・モンローにぴくりとチンポは反応しますが、なんだか嫌いです。理由はわかりません。
ホドロフスキーは物語の冒頭でマリリン・モンローを想起させる女性二人を出演させ、剃髪と爪剥ぎを行います。
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以前からマリリン・モンローやミッキーマウス嫌いで知られていたホドロフスキーは、冒頭のシーンの解説で「なるほど!」と僕が上手く説明できねーことを語っとります。
「彼女の攻撃性は誘惑であり、外見は女性ではなく女装である。故に彼女の弱さは女性の弱さではなく男性の弱さである」。
ホントは本物に出演してもらいたかったが予算が無いとも言ってましたが、とっくの昔に亡くなってるんでジョークでしょーが。

 一応、主人公はおりまして、イエス・キリストを思わせる野垂れ死に寸前の男がフィーチャーされてます。
彼は子供らから投石の仕打ちを受け、その後、フリークスと打ち解け行動を共にします。
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中年のフリークスは一般的にはおぞましく醜悪な存在ですが、彼は主人公の内面にある精神を顕在化したものとして描かれとります。
「前半30分に込められたもんはハンパなく」と書きましたが、こっから痛烈な人間性への批判と同時に一瞬現れるもんにも意味をもたせてます。画面端に写る絵、錬金術師の助手が身につけているアクセサリーや、トライバルなタトゥーのデザインとか色々。
地元で有名な教会からトラックで運ばれる死体の山に至っては、当時の現地で問題になり、ホドロフスキーは脅迫されながら殺される覚悟で撮影を続行したそーです。
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他、スタッフを警官の扮装をさせて交通整備をしてロケーションを確保したり、カバやら虎やらが結構出てきますが、動物園の従業員を買収して園外に連れ出したとか、あるシーンでは出演者にマジックマッシュルーム食わせて撮影したなんて仰天発言もあります。
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ハリウッド映画ならまず考えられねーやり方ですね。
よく、街中で撮影する際、役所の許可を得てから決められた時間と日数で行うときの交渉が難航したなんて製作秘話を特典インタビューで聞きますから。
十字架を担ぐ主人公がしっかり一度倒れそうになったり、細かいとこに仕込みがあります。
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因みに、この主人公、ジョージ・ハリソンが名乗り出たそーですが、アヌスを洗われるシーンを知り拒絶。結局素人さんが起用されたそーです。(他、アーサー王伝説に基づいた企画もあり、それにはジョン・レノンが出演したがっていた。実現していたら、『ホーリー・グレイル』と双璧を為すB級映画の金字塔になっていたかもしれない。)

 主人公は、娼婦のグループと道ですれ違い、そのうち一人、猿を連れた女性が主人公に一目惚れします。
で、その娼婦登場シーンで、幼女の娼婦が義眼の老人から義眼を握らされて手に接吻されるんですが、これどーいった意図なんすかね?単純に大道芸人的な悪趣味シーンとは思えねーです。
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主人公は、錬金術師の住処に押し入りますが、一蹴されます。てか、この錬金術師が真の主人公ですね。しかも監督本人。出たがりですなぁ。
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 エニアグラムに基づいた欲ににまみれた主要人物が揃い、それぞれの飽くなき欲望を超越した不老不死を求め、それまで築いた富や名声を捨てちまいます。己の分身を燃やして。
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かくして一行は聖なる山を目指し、そこにおわす賢者どもを殺してその不老不死の能力を手に入れようとします。
ここも見所ですね。一行に「真理」や「悟り」を説こうとする人物が出てきます。
んで、麓で満足しきってる輩を尻目に賢者を目指して山を登ってくんですが、これがしんどい。しかも禁欲的な日々が続き、それぞれ己の願望が頭ん中にてんこ盛り状態です。
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...。
どんな願望なんすかね。
あと、断崖絶壁を登る途中で女性一人が根を上げて「もう、これ以上無理」と言えば、仲間が「そういったときはクリトリスをロープに擦りつけろ!」とアドバイス。オナって気力を取り戻すっつー。ほんと、儲ける気っつーか、一般的に評価される気は毛頭ねーっつー流れですね。

 監督本人を真の主人公と書きましたが、観てるこっちが主人公と思ってたキリスト風の男が、彼を追ってきた娼婦と途中で下山するからです。
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ホドロフスキー曰く「彼(主人公)は盗人だ。貧しい身分の人間だ。持っているものは何もない。彼女(娼婦)は無教養だ。そして彼女が連れている猿は、彼女に野生の本能が備わっていることの象徴だ」。
つまり、互いに持ち合わせているものが融合すれば、世間から後ろ指を指されるよーなものも立派なものになるだろうっつーニーチェ的な解釈と思っとります。

 クライマックスに差し掛かり、どー観ても『川口浩探検隊』以下なチープさ満載な空気が流れます。
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で、こっからが、多くのしとが「このラストにびっくり!」っつー感想を抱くもんかと。
ここだけは伏せます。

映画とは幻想だ。
-アレハンドロ・ホドロフスキー

 企画倒れが多く、寡作で、今世紀に入ってからも企画だけは数本作品がありますが、概要がアナウンスされてからどれも十年近くそれ以後のニュースは耳にしとりません。
なのに、ホドロフスキーは各方面で熱心なファンが多いです。
映画に疎い僕ぁ、映画界だとショーン・ペンが熱烈な信奉者だと聞いたことがあります。
他、前述のジョン・レノンやジョージ・ハリソンといったポップ・ミュージック界の大御所が軒並みファンだったりします。(レノンの場合は変わり物好きなだけの気がしないでもないが。)
企画倒れになった作品にはピンク・フロイドが音楽を担当する予定だった『デューン』もあります。
ピンク・フロイドが音楽を手がけたのは、バーベッド・シュローダー(当時はバルベ・シュローデルと名乗っていた。)の1970年作『モア』がありますが、『デューン』は1970年代中期に制作予定でしたから、当時のピンク・フロイドは『狂気』、『炎~あなたがここにいてほしい~』で脂ののりきった時期です。
完全に巨大化して後に引けなくなったのは1979年発表の『ウォール』がきっかけでしょーが、社会的現象にもなった『狂気』発表直後のピンク・フロイドが超カルトな作品の音楽を了承するってある意味凄いですね。(個人的には『狂気』以前の『おせっかい』、『原子心母』の方が好きだが。)

 アレハンドロ・ホドロフスキーは親日家としても知られており、日本国内で『エル・トポ』、『ホーリー・マウンテン』が初めてソフト化された際、故・青山正明(注)がインタビューを行っており、「相撲が大好きだ」を始め、日本文化に造詣が深い発言が多々あり、『子連れ狼』等の熱心なファンであることも語っておりました。
未読ですが、レーザーディスク版の解説は、ホドロフスキー作品についてエッセイを執筆することが多かった青山正明によるものだそーです。


(注)青山正明:一般的に、日本に上陸しなかったドラッグ・カルチャーを自身の体験を元に(勿論、「実体験」とは記されていないが。)書き上げた『危ない薬』が有名。
この手の書籍は1990年代後半に色々出版されたが、現在でも入手できるのは本書のみ。追悼の装丁で再出版されたものが手に入る。
他、サブカル系ムック『あぶない一号』シリーズの初期編集長をつとめていたことも有名。(途中降板したのは、麻向法で逮捕され携わることが出来なかったため。)
1980年代から1990年代にかけてはエロ本(個人的にはバチェラー誌で不定期連載していたコラム「Fresh Paper」が思い出深い。)等にくだらないものから、創意工夫された映画としても楽しめる海外ポルノ作品の紹介、現在なら掲載不可能(理由は割愛。)であろうタイ滞在記、ドラッグ体験記等を執筆。中には量子学と禅仏教の関連性を考察するものや神秘学についての真面目な記事もあった。
このため、同業者からは「キチガイ・ライター」呼ばわりされていた。
1990年代後半に目に難病を患い、一線から身を引く。
完全に薬物から足をあらった後、精神世界への傾向が強くなり再活動を目指していたが、2001年に自宅で首吊り自殺。
同居していた家族によると「いつも通りうどん(赤いきつね)を食べ、自室に入っていった」とのこと。
一説には難病等、自信喪失に繋がる出来事が立て続けにあったため極度の鬱状態であったとも聞く。
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コメント

  1. Eve | URL | -

    >「彼女の攻撃性…
    ……弱さである」

    なるほど
    すごく興味深いデス
    ホドロフスキーはM・モンローのみを指摘してるように見えるんですが実は
    [キャプテン・アメリカ]などに代表される
    理想を追い求めるが故に
    誇張されて“パロディ化”した張りボテ的ヒーロー
    “マッチョなアメリカ”の象徴であるモンロー
    (↑女による女のパロディ)
    を自身の作品の冒頭で
    剃髪・爪剥
    (↑フェイクブロンドや赤いネイルは女を女たらしめる虚飾の象徴だとして)
    さすことにより
    アメリカそのものを風刺したのではないか…って思うのデスが
    ミッキーマウスが嫌いな理由も
    アメリカ的偽善の化身だから
    かと
    …あと
    男による男のパロディ
    アメリカ的ダンディズムを体現するハンフリー・ボガートも
    恐らくお嫌いだったのでは…と勝手に解釈しております
    “真理の追求”がホドロフスキーのテーマだとしたら、それも納得です…。
    >幼女の娼婦が…義眼…

    コレに関してもコメントしたかったんですが
    長々しくなって申し訳ナイのでヤメておきます(涙

    ダラダラと失礼致しました
    m(__)m

  2. ハンク | URL | 3fP8K/.I

    Re:引越しおめでとう。

    まともな精神なら性の対象にならない、7歳くらいの娼婦がいること自体が不自然で、そこがキーかと。
    目を握らせる行為はあまり重要じゃないんじゃないかと。
    ここらへんは監督本人じゃなきゃ抽象的すぎてわからんわな。
    てか、この映画の序盤は、インドあたりのぶっ飛んだ神話を解説つけずないで映像にしてみました的で、何度観てもアシッディー(笑)

  3. ハンク | URL | 3fP8K/.I

    Eveさんへ

    記事を収録した本が見つからないんで記憶をたぐり寄せですが。
    青山正明がインタビューした際、ホドロフスキーは「人工加工されたものが大嫌いだ」といった旨のコメントをしてました。
    で、そういったもので人々を惹きつけて無駄な消費を促すことがアホらしいと思っていたようです。
    なので、主要人物の殆どは、現在にも通じる「よく考えるとバカらしい」ことを生業にし、それを求める客や思想=道しるべを求める人々より強欲で、結果、不老不死を求めるって流れです。

    基本、キリスト教のなれの果てを序盤に表現してますが、仏教を学んでいる最中の作品だそうです。
    これ、かなりネタバレですが、クライマックスの錬金術師の台詞。
    「私たちは不老不死を手に入れ神になろうとしていた。しかし、どうだ?今の私たちは以前にもまして人間らしくなっている!これは現実ではない。これは映・・・」
    ギャッ!

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